2005年07月10日

ダウン・ツ・ヘヴン

『ダウン・ツ・ヘヴン』(中央公論新社)森博嗣

スカイ・クロラ』から始まる5部作の3作目で、3部作じゃないみたいです。
『スカイ・クロラ』『ナ・バ・テア』を読了して日が浅いため、また、宿直中で読書に十分な時間を充てることができたため、珍しくずいぶん短時間で読破してしまいました。

3作の中では、1番読みやすいでしょう。
これはしかし、1、2作目を読んでいるからであって、いきなりこの本は読むべきではありません。
登場人物たちの説明は一切無いので、絶対に1作目から順に読むべきです。
っていうか、この作品、森作品に限らず、複数冊に及ぶ物語はみんなそうだと思います。

 僕は、人を羨ましいと思ったことはない。それから、人に羨ましがられたいと思ったこともない。そもそも、羨ましいという感覚が正確に理解できない、といった方が近いだろう。他人がとても幸せだったり、とても立派だったり、とても優れていたり、そういうことを観察しても、自分と比較する方向へ思考が進まない。比較をしたって意味がない。なにしろ、それは乗っている機体が違うのと同じなのだ。空へ上がってしまったら、乗り換えることはできない。一度生まれてしまったら、人間だって乗り換えることはできないのだから。
こんな素敵な思考ができることが羨ましいです。
ワシは幼少の頃、同級生や近所の同世代の子達が羨ましくて仕方がありませんでした。
両親は商店を経営していて、学校が休みの日曜日は家は休みではありません。
他所の子達に比べて圧倒的に親と遊んだ、どっかに連れて行ってもらった、という経験が少ないのです。
別にどこかに行きたい、とは思いませんでしたし、一緒に遊びたいと思ったわけではないですが、両親の仕事以外に趣味とか遊びをしている姿を見ていないことが、なんだか残念であります。
日曜日に昼過ぎまで寝ていたことがありません。
朝早くに叩き起こされて店の手伝い、客足が少ないときはたまに遊んできていいよと言ってくれたものの、大概は手伝いで休みが終わります。
乗り換えることができない、と分かっていても、こんな心境には至りませんでした。
今でもそう思います。
作中では子供の思考と言うことなんでしょうけど、成長していないとこんな心境に至らないのでは? もちろん、生まれ育った環境も、人間としての根本的な資質も違いますけどね。
「いい? 悔しかったら、人よりも高いところへ上がるしかないのよ。見下してやるしかないのよ。雲の上までいったことがあるのなら、わかるでしょう?」
入社数年の何も知らないペーペーのくせに、仕事に納得がいかなくて文句タラタラ言っていたとき、当時の営業所長に全く同じことを言われました。
「悔しかったら、偉くなれ」と。
『踊る大走査線』でも和久刑事が青島刑事に同じようなことを言ってましたね、「正しいことがしたかったら、偉くなれ」と。
ヒエラルキーが成立しているなら、これが標準であります。
自分の仕事についてたくさん知れば知る、つまり識能が向上すればするほど、おのずと偉くなります。
人よりも高いところに上がる、とはそういうことなんだと思います。
当然責任も重くなるし、仕事は量より質が問われてきます。
この3部作では、これを「大人になる」と表現しています。
それは醜いことであると。
ワシも今こうして、13年前にこの仕事に就いた頃に比べるとずいぶん大人になりました。
ワシも子供たちに睨まれているのでしょう。
大人にならなければならない草薙水素とは違って、望んで大人になったワシはこの作中なら負け組であります。


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